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Daisuke Nakashima @ Barcelona

Barcelona在住フリーランスカメラマンの撮影後記。

ドイツは、エッセンにやってきた。

8/30

今は、ドイツのEssenという街にいる。
2度目のドイツ。
正直、ここがどんな街だったり、ドイツのどの辺だったりという情報は
一切無い。

バルセロナより、デュッセルドルフ空港に入り、おそらく
日本でいうところのJR的な"DB"で20分程ゆられ、Essenに入った。
更に電車を乗っていると、その先にはドルトムントがあるらしい事も
電車の行き先表示から分かった。

英語も、ドイツ語も喋れないので心配していたが、
なんとか、無事、着いてしまったという感じ。

ヨーロッパでも西にあるスペインから来ると、
ドイツも、また、東ヨーロッパの感じがする。
街並からというよりは、顔立ちからだろうか。
ラテン系のスペイン人とはやはり、違うんだろう。

AM08:45の飛行機に乗るため、家を出たのは6時半頃。
1ヶ月程雨の降っていないバルセロナが、今日は大雨だった。

家の前でタクシーを拾って乗り込むと、
幸か不幸か、めちゃめちゃ話し好きの運転手。
5分程は、ぱらぱらと相づちを打ちながら話をしていたものの、
いっこうに止まる気配がない。

話の中で分かったのは、アンダルシア地方グラナダの人だという事。
お話し好きなイメージのあるスペインの中でも、話し好きな彼ら。
妙に納得したものの、時間対は考えて欲しかった。
でも、妙に日本好きな人だったから、こっちからも質問しちゃったりで
それが良くなかったね。


とりあえず、明日は、ウッチーこと内田の入団したシャルケの撮影。
どうやら、先日マドリーを退団し、シャルケ入りしたラウールの
初戦にもなりそう。
内田君は出てくれるのかな?!

しかし、今後の予定は、ホント決まっていない。
ホテルも明後日までしかとっていない。
なにせ、どこに取材行くか、来てみたものの決まっていない。
2週間強続くであろうこの旅、いったいどうなるのだろう。

ドイツではまともに意思の疎通すらできない僕が、こんな旅をできるのも
インターネットのおかげだね。
航空券から、ホテルから、全て調べる事ができる。
旅の思い出もアップできているし。
スゴい時代だわ。
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[ 2010/07/31 07:43 ] 観戦情報・旅行記 | TB(0) | CM(0)

サグラダ・ファミリア散歩。-夜景版-

前回6/3のサグラダ・ファミリア散歩の際に「次は夜景のサグラダ・ファミリアを撮ろう」
と思ったものの、W杯の喧噪に飲まれている間に、1ヶ月半程経ち、昨日、やっとプラット行ってみた。

今年のバルセロナの夏は、個人的にはとても過ごしやすい。
日中はやはり、かなりの暑さだが、夜から、朝にかけて、涼しいと感じる位。
夜も熟睡できるし、良い感じです。

7/26の夜、23時ちょっと前頃、夜風の気持ちよさにつられてサグラダ・ファミリアに向かった。

家からサグラダ・ファミリアに繋がる通りには、たくさんの人が出ていた。
月曜の夜なのにと思ったものの、スペインは夏休みが始まっているんだな~と。

たくさんの人が集っているカフェ越しに撮影してみたら、
思った以上に、ライトアップが明るくない事が判明。。。
そんなん、見ただけで分かれよってとこなんだけど、
なんとなく、サグラダ・ファミリアのライトアップってことで、期待してしまっていた。

100726_016.jpg
夜のおしゃべりで賑わう、サグラダ・ファミリア絶景のカフェ。

ということで、散歩がメインという事で、
三脚等もちろん持ってきていないので、手持ちでどんだけ頑張れるかなという、
お遊び撮影に。

サグラダ・ファミリアの夜間ライトアップは、東側の面だけなんですよね。
時間的には、日が落ちる、21時頃から0時頃までだと思います。未確認だけどね。

100726_017.jpg
この時間も前回同様バスが走っていた。

100726_041.jpg
サグラダ・ファミリア手前の公園内の池の方に廻って、
池に移る姿も入れてみてパシャリ。

100726_072.jpg
サグラダ・ファミリアの至近距離まで近づき、アップでパシャリ。


100726_077.jpg
今回は残念ながら、三脚等なく、手持ちでの撮影だったんだけど、
ここだけ、手すりに固定した状態で、まずまずのアングルと、低ISOで、若干絞り気味で
撮影ができた。

ということで、次回は、三脚持参での撮影かな~。
今週末より、プレシーズンの撮影等も始まるし、いつになることやらってかんじだけど。

[ 2010/07/27 18:37 ] 観戦情報・旅行記 | TB(0) | CM(0)

第二章 チャンピオン凱旋@Madrid。-写真紀行記-

急遽、翌日マドリードへ行く事を決めた時には、
既に、飛行機のチケットは高騰していた。
しかし、首都マドリードで見た光景は、想像を遥かに超えていた。


スペインが国際舞台で初めて本当に輝いた08年のユーロ、
その予選から、W杯の出場を決めるまでカメラマンとして追ってきた事もあり
やはり、スペインに初のW杯優勝をして欲しい。

しかし、W杯で披露しているサッカーは
自分が追いかけていたサッカーでは無いという思い、
この様なサッカーでは、優勝は厳しいのではという思いも少なからずあった。

それでも、頭の中にあったのは、チャンピオンの載ったバスを取り囲む赤い群衆。
それを、地上では無く、高い位置から撮影がしたかった。

運良く、知人のアドバイスもあり、撮影スポット兼その日の宿になりそうなホテルを
決勝戦の以前に予約していた。
しかし、航空券を買うまではしていなかった。
チケットを買っても、優勝しなければ無駄になってしまうという事もあって
なかなか踏ん切りが着かず、いつの間にか前日になっていた事もあり、
これ以上値上がりしないだろうとタカをくくっていた。

スペインの優勝直後、すぐにネットで調べたのだが、
既に、バルセロナーマドリード間の航空券は2倍以上になっていた。
とはいえ、スペインの優勝をバルセロナで見届けた僕は、
バルセロナでこれだけ盛り上がるなら、首都マドリードはどうなってしまうのかと
迷う事なく、チケットをおさえ、明日の出発に備えながら、
スペインの優勝を祝い、また、良い撮影ができる事を祈って、ビールを口にした。

決勝戦翌日7月12日。
お昼過ぎにマドリードに着き、ホテルへ向かう。
心の中でかすかに恐れていた事、ホテルの部屋を撮影スポットとして使えるかどうか。
ホテルは、Gran Viaという、マドリードの目抜き通り沿いにあり部屋は9階にあった。
HPで見たホテルの詳細には、部屋からのGran Viaの眺めというのが、一つの売りになっていた。
しかし、部屋からの眺めは、スペイン代表が凱旋パレードで通るそのGran Viaに面していなかった。

ホテル着から1時間半程の交渉とウェイティングの結果、
ダブルルームへの差額分を支払う事で、通りに面した部屋をなんとか確保できた。
ロケハンといっても、とても小さなバルコニーの動ける範囲だけだが、
パーフェクトではないけれど、なにか撮れそうな期待。

100712_0002.jpg
-チェックイン直後の部屋からの様子。

100712_0004.jpg
-同じく。まだ、パレード待ちの人はいない。

パレードの開始は、19時前後という事で、時間は十分にある。
更にここはスペイン。時間通り始まる訳がない。
プラリとカメラ片手に食事に出た。
こっちであまり食べた事がなかったが、マスの丸焼きを、ガスパチョとビールと食した。
レストランのTVには、丁度、スペイン代表がマドリードに降り立ったところが流れていた。
カウンター席には、赤いスペイン代表のユニホームをまとった男たちもいて、
その映像にチョットしたざわめきが起きた。
ウェイターたちも一時、チャンピオンたちの凱旋に手と足を止めていた。

食事の後は、パレードの最終地点であり、選手たちがステージ上で
W杯を披露する会場の下見に行き、プレスパスを引き取ってきた。
選手達が最終地点に到着するのは、5時間以上も先だというのに
既に人が集り始めていた。
しかし、そのなかでも、簡単にプレス用のパスの受け取り場所などが分かった事もあり、
パレードの撮影後も、問題なく撮影ができそうだと安心したのだった。
が、そんなものは、甘い考えだと分かったのは、先の事だった。

前日の新聞記事に出ていたパレードの予定では、
19:00くらいにスタートし、21:00~22:00くらいに最終地点に到着し、
用意されているステージで、選手たちの挨拶があると発表されていた。

ホテルに着いた頃には、窓の下にはまだ人だかりはなかった。
しかし、17:00~18:00を過ぎた辺りから、人が集り始めた。
しかし、このくらいの人数だと9階からの撮影では、
ちょっとしょぼくなってしまいそうな不安がよぎる。
しかし、一刻一刻と人は増えていった。

100712_1088.jpg
-通りを埋め尽くす人が集った。が、バスはまだまだ来ない。

パレードのスタートは予想通り、30分程遅れた。
TVでの生放送があるので、そちらで状況を確認しつつ、
完全に道を埋め尽くした観衆の撮影も行っていた。

これだけの人数が集ったとき、日本とは違うなと思わせる出来事が起きた。
通り沿いには道を埋め尽くす群衆がいるのだが、
僕のように、この通り沿いの建物からもたくさんの人が顔をのぞかして、
今か今かと、チャンピオンの到着を待っているのだが、
なんと、上から見ている人たちが、下に群がっている人たちに、水をぶっかけ始めたのだ。
それも、ペットボトルでチョットとかでは無く、バケツ一杯の
水を、いきなり、下にぶちまけ始めた。

いきなり水を頭にかぶせられた人たちは上を睨みつけてくる。
中指をたてる様な人もいる。当然だろうと見ていると、中には、喜んでいる奴らも出てくる。
それをみて、また、別の階の奴らがバケツに水を汲みぶっかけるのだ。
そして、隣の建物、前の建物と、広がっていく。
下は下で、水を被りたくない普通の人たち、水を被って騒ぎたい人たちが
それぞれ集りあう様子が見て取れた。

19時を過ぎても、まだ、30度近くある暑さのせいがあるのだろうが、
日本では、高いビルから水をばらまく様子など見た事がない。
ましてや、喜んでいる人はいるものの、たまたま通りかかった人たちに
ザバーっと水がかかる事もしばしばあった。
怒る人もいれば、なんだ?と足を止め、あまり気にせず、歩き始める人もいた。

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-ビルの上から、水を放り投げる人。

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-子供達は、真っ先に水の落ちる先に集った。

また、スペインの勝利を予想したタコのパウルにリスペクトを示してなのか
生きたタコを片手に掲げ、ちょっとしたヒーロのようになっている輩も。

100712_0028.jpg
-タコを持った人を中心に輪ができた。

ものすごい群衆の中を、あえて、バイクでやってきて、スゴいエンジン音をかけながら
スペイン国旗をはためかしながら通り過ぎていく者も。

窓の下に見えるファンたちは、それぞれなにかしながら、チャンピオンを乗せたバスを
待っているのだが、一様に、祭りを楽しむ熱気を放っていた。

僕の撮影スポットにバスがやってきたのは、スタートしてから1時間半程立った
21時過ぎだったと思う。
群衆を割るように警察官系のバイク、車両が道をつくり始めた。
そして、一気に歓声のボルテージが上がる。
僕の視界にもバスが見えた。一緒になって興奮するわけにはいかない。
気持ちを抑えながら、思い描いていたカットをおさえていった。

21時半といえば、本来なら、もう最終地点に着いても良いはずの時間帯。
どうやら、スタート地点からのあたりで、かなりゆっくりサービス満点にやりすぎたらしい。
僕の撮影スポットは、待ち時間に比べると、あっけなく通り過ぎていってしまった。

100712_0079.jpg
-とうとう、チャンピオンがやってきた。

100712_0093.jpg
-同上

100712_1112.jpg
-同上。

赤いユニホームをまとったファンたちも、しばらくバスを追いかけた後、
方々に散っていった。
と言っても、家に向かっている様子では無い。
パレードに先回りして、もう一度選手たちを目にしたいという者の方が多そうだ。
また、選手達がステージに降り立つ、お披露目会場を目指す者達もいたはずだ。

僕自身は、パレードを撮影した満足感と、
既にメディアパスを持っている安心感で、ちょっとの休息を取った。
バスは歩みを早めているように感じたものの、1時間半を過ぎても、
行程の半分も過ぎていなかったというのもある。

ホテルから、会場までは、カメラ機材を担いで30分程歩いて行った。
機材を持って30分歩くのはちょっとしんどいのだけれど、
バスが一番便の良い交通だったが、どこまで、通常通りの運行ができているのか見当がつかなかったためだ。

しかし、本当に疲れるのは、会場に着いてからだった。
パレードを一目見て会場に行こうという人が既にたくさん到着していた。
下見できた時に聞いた、会場への入り口もすでに、人で埋まり尽くしていた。
どうやら、後の報道を聞くと、30万人程の人が会場に来ていたようだが、
観客席といっても、川沿いのだだっ広い河原の様なところなのだが、人が入りきらずに、
土手を超え、道路の方まではみ出してきていた。
ステージは遥か先に見え、しかし、会場内に入る事すらできず、パスを持っていようが
いなかろうが、全く先に進めない状況になっていた。

やっとの事で、ステージ脇の撮影スペースに着いた頃には汗がびっしょりになっていた。
僕をさっきから急かし続けていたのは、単なるDJだった。
まだ、選手がいない事は分かっていたが、会場では既に爆音が鳴り響き、何かが起きている雰囲気はぷんぷんしていた。
もしかしたら、有名人が来て会場を盛り上げているのか等、早くスポットに着かなければと焦っていたのだった。
とはいえ、このDJ何十万といる観客を一人で盛り上げ、会場は巨大なディスコの様を呈していた。

撮影スペースから、観客側を眺めてみると、その人の多さに圧倒された。
これだけの人数が、世界のチャンピオンになると集るんだな~と。
また、この状況が日本だったらどうだったんだろうかと?

100712_0158.jpg
光の先まで、人の群れで埋まった会場。

この日のマドリードも日中は35度を超す暑い日だった。
22時を過ぎ、少しは涼しくなっているものの、会場に入り、音楽に合わせ踊っているのは
早い者は15時位から、また、前の方にいるのは遅くても18時頃からはいるのだろう事が
簡単に予想できる程の人数。
そして、予定の時刻を過ぎても一向に選手達を乗せたバスが来る様子はない。

また、観客の人数にも圧倒されたが、
関係者パスを持っている人の多さにも辟易させられた。
スーツを身につけ、オーガナイズしていると思われるのもいるのだが、
それ以上に、DJの音楽にのり、ただただ、楽しんでいるだけの者の多さ。
こね社会のスペインを痛感させられた。
こいつらは、途中からカメラマンスペースにも割り込んできたり、
かなりの迷惑になったのは言うまでもない。。。

結局選手が到着したのは、予定より2時間近く遅れた23時過ぎ。
日本ではこの時間帯にこのような大きな催しが行われる事自体、あり得ない気がするも、
長い間待たされ続けた観客の盛り上がりは想像に難くない。

100712_0165.jpg
-ついに選手達を乗せたバスが到着した。

選手を迎えるにあたり、司会者からのアナウンスで、
「みんなカメラを空に向けるんだ。一斉にシャッターを押すぞ」の合図で、
30万人の観客スペースは、きらきらと輝き、幾日が過ぎてはいたが、天の川の様だった。

そんな中登場してきた選手達は、アフリカからの長いフライト。
さらには、政府関係者等への挨拶をすまし、その後の長いパレードと、かなりの疲れもあったと思うが、
序盤から、シャンパンを掛け合うなど、大いに盛り上がってみせてくれた。

100712_1160.jpg
-選手が登場。ステージ手前にいるのは、全てコネで入り込んできたと思われる、邪魔な人たち。

キャプテン・カシージャスの挨拶から始まり、次々と選手達がマイクを手に
中央に出てくるのだが、選手達はとにかく早く第二GKのレイナに
マイクのバトンを渡したがっていた。また、観客もそれを望んでいた。
しかし、司会者は、それはまだとっておきとばかりに、他の人を指名して行くのだが、
結局は、全員がコメントをする前に、大取りのレイナにバトンが廻ってきた。

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-カシージャスから勝利の報告を。

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-イニエスタは、タコのパウルにも感謝を。後ろでは、ビジャとバルデスが爆笑。

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-ショーマン・レイナの番が。選手は既に爆笑の中。

というのは、2008年のユーロ優勝時の同じ様なFiesta(お祭り)でみせたレイナのパフォーマンスを
誰もが忘れていなかったから。
今回のレイナは、マイクを手におもむろに中央に出てきて、背番号順に全ての選手の名前を呼び
それぞれにチョットした小ネタを混ぜて紹介をしたのだった。
これこそが、W杯を制したスペイン代表のチームワークを象徴するパフォーマンスとなった。

そして、23番目の選手レイナ自身の番になった時、
後ろから、他の選手がバーッと飛び出してきて、カンペオーネ(チャンピオン)、カンペオーネと
勝利の雄叫びをあげた。

100712_0588.jpg
-レイナを中心に、雄叫びをあげる。
-祝勝会でのペペ・レイナshow-http://www.youtube.com/watch?v=F7ODfbg2YjY

個人的には、08ユーロでの祝勝会での
スペイン風小話的な話口調で始まった、ウェイターに向かって次々に注文をしていき、
最後にマッシュルームを頼むのだが、スペイン語でのチャンピニオンと、カンペオーネがかかって
カンペオーネ、カンペオーネの合唱になる方が、感動を覚えたが。

-08ユーロの祝勝会の模様http://www.youtube.com/watch?v=DApgTXXWLhA

とはいえ、一介の選手が、何十万人の観客を前に、一幕努めてしまうのだから、たいしたものだ。
それに比べて、スペイン代表の中でも一大勢力のバルサ選手達。
11人のスタメン中7人を占める時さえあり、また、最後の得点を決めた殊勲者のイニエスタも
バルサの選手だが、ピッチの中とは違い、全員、控えめ。
チャビや、プジョルにしては、常に2列目に隠れていて、写真を撮るのも大変だった。

しかし、このくらいの控えめな精神が、スペインの成功に繋がったのは、
今回、C.ロナウドや、メッシ、エトーやドログバなど、
一人で試合を決定づける事ができる選手達が、そこまで活躍できなかった事からも、
はっきりしていそうだ。

今回のW杯は、たくさんの名曲も産んだ。
流石にシャキーラこそ、この舞台には来ず、放送だけになってしまったが、
スペインを代表する歌手、ダビッド・ビスバルがサプライズ出場するなど、
大いに宴は盛り上がった。

100712_0760.jpg
-David Bisbalが登場。
Bisbalが歌う公式テーマソング"WAVING FLAG"のスペイン語バージョン。http://www.youtube.com/watch?v=3kCfefuL4xM&feature=fvsr

会のスタートが大いに遅れてしまった事もあり、
予定より早めの終了となってしまったが、それでも、宴が終わった時には
次の日が始まってしまっていた。
この日は月曜日で、翌日も皆が仕事があるというのに。
やはり、ここはラテンの血か。
盛り上がる事にかけては、本当にうまい。

100712_1052.jpg
-最後にもカシージャスが、トロフィーを掲げる。

100712_1203.jpg
-最後は、紙吹雪がこれでもかという程に。

日本と比べて考えてみると、全てが、流石スペインとしか言えない、盛り上がり方なのだが、
こちらもスペインらしさか、30万人の観客の帰った後のスペースは
足の踏み場もない程のゴミの山とかしていた。
また、凱旋パレードには、100万人ほどの人が集っていたようだが、
こちらもたくさんのゴミをまき散らして帰っていったのだが、
明け方のニュースでは、ニュースキャスターは誇らしげに
公共の清掃会社が総動員して、夜中のうちに街が元通りになった事を喋っていた。

確かに、僕がホテルをチェックアウトしてバルセロナに戻る際、
既に街は、昨日の熱狂などなかったかのように、日常が始まっていた。
もう、赤のユニホームを着ている人は見なかったと思う。


ふ~。ということで、かなりまじめな感じでバルセロナでの決勝戦の日と、
翌日のマドリードの様子を自分なりに記事にしてみた。
W杯は、TV観戦と完全に外の人間だった訳だけど、スペインの優勝で思わず、
南アには行ってないものの、ほんの少しだけ、W杯南ア大会に関われた気がしている。
そして、この2日間の取材が、かなりしんどくて、感じる事も色々あって、濃密だった事があって、
ちょっと、カメラマンを超えて、ライターになってNumberに書いている気分でやってみた。
写真も、誌面上でこんなキャプションでやりたいな~的な感じで、ちょっと多めにやってみたました。
[ 2010/07/23 08:16 ] サッカー | TB(0) | CM(0)

第一章 バルセロナにスペイン国旗が揺れた日。 -写真紀行記-

まさか、2シーズン前のCL準決勝の2nd-leg チェルシー対バルサ戦での興奮を
こんなにも早く、同じ男の一振りで味わえるとは思ってもいなかった。


2010年7月11日、スペイン中が待ちに待った、W杯の決勝の舞台で
スペイン代表が同じく決勝まで勝ち上がってきたオランダとの対戦の日。

まさにスペイン中が赤く燃えていた。
序盤こそ、低調なパフォーマンスだったが、それでも勝ち進んでいく
スペインを後押しするかのように、準決勝のドイツ対スペイン戦では
TV視聴率も80パーセントを超えていた。
首都マドリードでは、レアル マドリーのホームスタジアム、ベルナベウ横に
巨大なスクリーンを備えたパブリックビューイングが設置され、赤いユニホームをまとった
ファンで埋まっていた。また、それぞれの試合後には、マドリードだけではなく、
選手の出身地を含めた地方都市からも、同じ様な映像が届いていた。

とはいえ、それらの映像の中に、バルセロナの姿が映される事は無かった。
ここバルセロナは、今でもスペインからの独立への思いが強く根差しているカタラン主義の地。
スペイン全土の盛り上がりとは裏腹に、バルセロナの市役所は、
パブリックビューイングの設置にNGの態度を取っていた。
スペイン代表の半分以上がバルセロナの象徴、バルサの選手であるにも関わらず。

しかし、市民レベルでは、明らかにバルセロナでもスペイン代表を応援している風潮は合った。
スペインの試合がある日は、街に人が少なくなり、得点シーンでは、
盛大ではないものの、爆竹等が鳴り響いた。

どの様なやり取りが取り交わされたかなど、日本人には分かる由もないが、
兎にも角にも、決勝の舞台にたどり着いたスペイン代表を、
バルセロナでもパブリックビューイングを設置し応援する事が決まった。

一サッカー好きとして、落ち着いて試合を見れるところで観戦するか、
カメラマンとして、バルセロナがどのような反応を示すかを見極めるのか。
答えは簡単だった。

バルセロナに住む、外国人カメラマンとしての興味は、
純粋に、スペイン国旗が振りかざされるのか、
スペイン代表の試合とはいえ、カタラン国旗、バルサの旗が振りかざされるのか、
パブリックビューイングを設置したものの、バルセロナ在の他都市のスペイン人、
その他の人種が集り、あくまで、一つのフィエスタとなるのか。
そのようなところだった。

場所は、日本語で言うところの”スペイン広場"。
通称”MNAC”という巨大な美術館や、夏場にはたくさんの人が集り、
幻想的なイルミネーションに彩られる、巨大な噴水等がある。
とりあえず、バルサが優勝を決めた際などにファンが一同に集る”カタルーニャ広場では"なかった。

南アと時差のないスペインでは、決勝戦の開始は20:30~。
多少早めに行こうと19:00に現地に着くと、既にたくさんの人で埋まっていた。
そして、すぐに疑問も解けた。
みな、赤いユニーホムをまとい、スペイン国旗を誇らしげに掲げていた。
赤い群衆は、後ろからもどんどん湧き出てきた。

100711_009.jpg
-スペイン国旗をマントにした若者たち。

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-陽気なスペイン人たちが写真を撮れ!と。

100711_497.jpg
-後ろを振り返ると、人が米粒のように

しかし、ここで一つの問題が。
上記の美術館などを背景にすれば、バルセロナらしい絵が撮れるのではと
目論んでいたのだが、美術館の壮大さ、そして、赤い波のように出てくる
ファンに対して、設置されているスクリーンが小さいように感じられた。

100711_471.jpg
-MNACを背景に小さなスクリーン。そこを目指す赤い人の群れ。

なんとか、撮影場所と試合も見れるところを確保しようと、
カメラバックを担いだまま、行けるところまで前進してみたが、
試合開始の遥か前に、グロッキー状態に陥っていた。。。

100711_077.jpg
-なんとか、来れるところまで、人をかき分け進んできた。

いつでも何かを撮影できるよう、カメラ片手の観戦となった。
しかし、構図やバリエーションを考えようにも、じぶんのポジションを
一歩変える事すら難しい程、ぎゅうぎゅう詰めだった。
いす等は何もないため、全員が立ったまま、スクリーンを見つめていた。

100711_610.jpg
-肩車をされたり、それぞれが、それぞれのやり方で、開始の笛を待つ。

100711_549.jpg
-カタルーニャの象徴であり、スペイン代表のキャプテンであるプジョルを前に国歌斉唱の間も国旗が揺れる。


正直、決勝のサッカーをしっかり見る事はほとんどできなかった。
後半が終わる頃、90分以上立ち続けている事により、観客にも疲れの色が強く見て取れた。
延長戦に行くくらいなら、負けてしまっても良いんじゃないかという様な
負のオーラすら感じられた気がした。

この状況は、オーガナイズ側にもちょっと予想がついてなかったのではないだろうか。
集った人数に対して、あまりにもスクリーンが小さすぎた。
また、全体でも2個のスクリーンしか設置されなかった。

これに対して、マドリードでは、連日の盛況ぶりから、今までのベルナベウ横では
キャパが足りないとの判断から、場所を変更し、追加のスクリーンを設置していたようだ。

準決勝まででの、ある意味での予行演習を行えていなかったバルセロナでは
一体どのくらいの人が集るのか、それに対して、どのくらいのスクリーンが必要なのか
未知の世界だったようだ。
カタラン人にも、カタラン人がどの様な反応を示すのか分からなかったに違いない。

えてして始まった延長戦。
日の沈むのが遅いスペインといえども、試合開始の頃にはまだ強い日差しを放っていた太陽もなくなり、
暗闇の中、スクリーンだけが、強く光を放っていた。

沈みがちな雰囲気の中、最初の転機は、2枚目のイエローカードによるオランダDFの退場だった。
映し出される、オランダ選手の悲痛の顔。
そして、ここぞとばかりに、発煙筒などがたかれ、くすぶっていた感情が解き放たれたようだった。

100711_620.jpg
-数度あった決定機をハズズしてしまったロッペンの顔が歪む。

100711_630.jpg
-2枚目のイエローで退場するハイティンハ。そして、国旗が揺れる。

とはいえ、ホントの感情の爆発はそれからわずか数分後だった。
2年前のCL準決勝の2nd-leg チェルシー対バルサ戦での後半ロスタイムでの劇的なゴールで
バルセロナ中を熱狂に巻き込んだ男が、ここでも、オランダにとどめを刺すゴールを叩き込んだ。
あの時と違ったのは、背番号と、ユニホーム。
所属のバルサでの2ndユニホームの蛍光色の黄色の8番では無く、スペイン代表の2ndユニホーム、
濃紺の6番に身を包んだ、アンドレス・イニエスタ。
熱狂の大きさは、どちらも限りなく大きく、何かが爆発した様な感覚だった。
発煙筒がたかれ、国旗がはためき、沿道に並走する噴水からは、観客に向かって
水がぶっかけられていた。

100711_671.jpg
-シュートの瞬間、すでに、ゴールを感じていた。

そこからは、熱狂と、静寂が同居する様な感覚の中で、皆終わりを願っているようだった。

試合が終わり、また、発煙筒と、国旗がはためいた。
水も、ばしゃばしゃとかかってきた。
必死でカメラを水から守りつつ、シャッターを押していた。

100711_237.jpg
-発煙筒と国旗が揺れる。

100711_281.jpg
-同上

100711_390.jpg
-遠く離れた地で、スペイン人が一つの感情で繋がっている。

スペイン代表の試合では、
"Yo soy español, español, español!"-俺は、スペイン人だ、スペイン人だ、スペイン人だ-
という、チャントがある。
純粋に、チャンピオンである、自分たちの国籍を誇る様なその祝い方は、
カタルーニャでは絶対に受け入れられないと思っていた。

会場には、巨大なカタルーニャ旗も掲げられていた。
しかしそれ以上に、たくさんの、それぞれの人に大きく振りかざされる
スペイン旗が、そこにはあった。

4年弱の、長いとはいえないないバルセロナでの生活からでも、
こんな事はあり得ないと思えていた景色がそこにはあった。
きっと、スポーツが政治を超えた瞬間だった。

バルセロナは、スペイン第二の都市だけあり、各地からたくさんのスペイン人も来ている。
また、カタルーニャの中でも地方に行けば行く程、カタラン主義も強くなるといわれている。
誤解を恐れずいえば、カタラン人もスペイン人な訳で、
喋ってみなければ、カタラン人なのか、スペイン人なのか判断はつかない。
バルセロナの中心地で見たこの景色は、ホントにカタラン人たちのものだったのか
確証はない。
しかし、くしくも、友人のオランダ人はカタランの彼女を持ち、
バルセロナ郊外で、彼女の家族たちと決戦のオランダ対スペイン戦を観戦したようだ。
純粋なカタラン主義の家族たちだけに、また、オランダ人の彼の手前もあってか
派手に喜びを表現はしなかったようだし、試合前は、オランダを応援するとまで
言っていたようだが、勝負の後は、満足そうに、そして、嬉しそうに、
笑顔を浮かべていたようだ。


汗と、かけられた水で、シャツはびしょびしょになり、
左足のふくらはぎは、筋がなんかおかしくなってしまったかの様だった。
2時間以上カメラ片手に立ち尽くすのは、想像以上に辛かった。
後は、スペイン人に任せて、ここから離れてビールを飲む事にした。

[ 2010/07/18 06:05 ] サッカー | TB(0) | CM(5)
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中島大介 ナカシマダイスケ

Author:中島大介 ナカシマダイスケ
サッカーを中心に様々なスポーツを撮影。
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バルセロナの街並を背景にウェディングやカップルの撮影も。

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